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1日目 ・ 2日目 参考:標準タイム スゴ乗越−1:20−間山−1:40−北薬師−0:40−薬師−0:40−山荘−1:00−峠−0:20−太郎平小屋−2:00−三角点−1:00−折立 |
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J 4:20 出発 目が覚めたら、5分で用意ができてしまう 化粧もなく、日焼け止めクリームも歩きながら 食事も歩きながら コンタクト・化粧・食べる酸素・歯磨き・食事と超多忙のジオンさん 急がせてごめんね じわり・じわりと夜が明けていく 5:09 日の出 きょうも、いいお天気のようだ。 先に出かけた大学生に追いつく 眺めのいい稜線・白山も立山もばっちり 遠く、剣までも。浅間山も健在 K 6:30 間山 〜6:50 ここで、昨晩残したお米でおかゆを。食べれそうで食べれない 風やガスのある悪条件だと危険であるが、今回はアップダウンもそんなになさそうでほっ そう思っていたら、先を行くジオンさんが 京都へ帰る方がタクシーにもう二人乗ると安くなるなと お話されてるのを聞きつけ、時間は遅くなっても帰ろうと ぎょっ 出ました。ちょっと怯みましたが、昨日までのようなコースでないので賛成と。 但し、追いつけないようなら、タクシーねと。 この先、落下の危険があり、 ストックをしまった方がいいとのはうさんからの助言あり で、ストックは体の一部になっておりそのままで こらからは岩場が多く、 首からぶら下げたカメラが命取りになるといけないのでカメラはしまう。 よって、この間はジオンさんから写真提供 7:00〜10:00 7:28 7:34 8:348:44 この地点が唯一、コースを間違えやすい所である。 北薬師岳から薬師に向かう所がやせ尾根で浮石に近い岩だらけ さすがに、ストックを片付けたいなと思う2〜3分はありました。 落下事故があった場所とあって、慎重に歩く。 8:468:47 8:48 8:49 8:56 9:09 9:17 やせ尾根で危険と称される場所を過ぎ、ほっ。 片付けていたカメラを取り出す M 9:55 薬師岳 〜10:05 槍の稜線がくっきり 雲の平への思い出が蘇る はうさん達、今頃どこを歩いているんだろう? あ〜、ここを通ってきたんだな 10:25 ケルン N11:00 薬師小屋 ここまで来たら小休止しようかと思ったが 小屋の方々はあまり感じよくなかったので失礼する はうさんとの待ち合わせの11:30は無理。 ジオンさんは急いで駆けていく。カモシカのように 11:50 薬師平 〜11:55 12:05 雪渓 はうさん待つタイムリミットは12:30 ジオンさんのがんばりで何とかなるかもと期待しながら 私は私で 薬師平で休憩されている男性とお話をする。 偶然富山の方で、折立にオデッセイを置いてると こんな美味しい話はない。 タクシー代はうくぞっと。 でも、謙虚に帰りにご一緒できましたらねとお別れする。 どこの山小屋でも起こったように 太郎平小屋も例外なく、しっかり下って登り返しが待ってるな。あ〜あ。 雪渓を触ることなく、沢の水でタオルをぬらすこともなく 急いで降りる。 12:30 タイムオーバー 仮にジオンさんがみんなと出会っても 随分お待たせすることになるな。申し訳ない O 12:40 薬師峠 (キャンプ場) ここで泊まる予定が急遽変更。 富山のオデッセイさんという切り札もあることだし、もうひとがんばりしよう いつも嫌いな木道。今日は足に優しくて助かる が、足取りは重い。 おお〜〜つ。ジオンさんの前に見えるは 永遠の女学生kayoさんではないか その隣にはうさん・らぶさん ううっ-- 余りの感激のため、目から真珠の涙が… ありがとう。ありがとう。長いこと皆さん待ってくださってありがとう。 P 13:10 太郎平小屋 〜13:20 赤い顔した「亀の足」さん。始めまして。 今回唯一の男性。重い荷物を担ぐ姿は男らしいよ 小屋前で戴いたグレープフルーツのお蔭で1時間半はがんばれました。 が、後半1時間は地面に付いた足がビリビリ 電気の通る二重の厚底をはいたような痛み?しびれ? 最後だけでも、着いて行こうとしましたが、叶いませんでした。 最後までごめんなさい。 R 16:40 折立下山 何とかガンダム号に乗せていただけました。 皆さん、ありがとうございました。 しばらくテント泊はいいやと思いながら 今、あ〜よかった。感動もんだったなと喜びと感動でいっぱいです。 ( H18.08.12 AM1:05 記 ) 筋肉痛はなし。手の甲と口びるに軽い日焼けによるかぶれ。 過労によるヘルペスが首に 完治も時間の問題ですが 本当にありがとうございました。 厚生年金施設で疲れも汗も流しました。 アイスも牛乳も忘れずに すばらしい3日間をありがとう。 偶然、akiraさんが一日前に、すずっちさんが一日遅れで 同じコースを歩かれました。 涙なくては語れない山になりました。 |